解説　

PCM機器の登場により誕生したダイナミックレンジの大きい高品質ソースをより忠実に再生するパワーアンプとして、最新技術やデバイスを投入し、性能的にも音質的にも最高を狙って開発されたモノラルパワーアンプ。

パワー素子には高耐圧の二重拡散型MOS-FETを使用しています。
それまでソニーのアンプに採用されていたV-FETは、トランジスタに比べると歪率などの基本性能が大きく改善されていましたが、バイアスが負なので応用面では若干使い難いなどの問題点があり、例えばTA-N7ではこれを改善するために高域特性の優れたトランジスタとのカスコード接続を行うという対策が施していました。TA-N9に採用されたパワーMOS-FET(2SK173/2SJ54)は、V-FETの試作時点で得られた耐圧1000Vという高耐圧化技術やパワーFETの製造技術をさらに拡大・発展して開発されたもので、MOS-FETの中でも特に高周波特性や高耐圧化に有利とされている二重拡散型構造をとなっています。
このパワーMOS-FETでパワーアンプを構成すると、高耐圧(210V)で大電流(最大10A)が扱えるため大出力が容易に得られ、しかも信頼性・安全性が高く、高域の裸特性が優れているので過渡混変調歪が少ないなどのメリットが得られます。
TA-N9ではこの素子を出力段に5ペア・パラレルプッシュプルで使用しています。

アンプ部の回路構成は、初段にデュアルFETを用いたDC差動増幅回路でカレントミラー負荷となっています。次段はアクティブロード付きのDCアンプで、この電圧増幅段で約100dBもの裸利得(ゲイン)を持っていて、しかもNFをかける以前の裸特性を向上させているためNFループにおける歪も大幅に低減されています。そして、パワードライバー段にはパワーMOS-FETの入力インピーダンスが大きいため、小型で高周波特性の優れたトランジスタでドライブしています。
完全なDCアンプ構成となっているため、低音域での位相回転の問題もありません。

放熱部にはオーディオ用ヒートパイプを開発・採用しています。
TA-N9では大出力のため、最大値で±90Vもの信号電圧や瞬間的には16Aの電流が流れます。そのため、パワーアンプの出力段から初段への影響が考えられます。特に出力段のパワー素子の線材を引き回すと、B級動作の時にSEPP回路の半サイクル信号が電磁波となって飛び出し、初段回路に入り込んで音の歪となってあらわれます。
この問題を解消するために採用されているのがヒートパイプです。ヒートパイプは銅パイプの中に特殊な液体を封入し、気化-液化を連続的に行うことでパイプの端から端へ瞬間的に熱を伝えます。これにより熱伝導率は銅や銀の同径の金属棒の数百倍を実現しており、伝導速度も音速に近い速さとなっています。さらに各店での温度差がほどんどないため、効率の良い放熱が可能です。
これによって終段素子のパワーMOS-FETを集中化してプリント基板上にマウントすることができ、熱を瞬時に放熱フィンに導いています。さらに、入力系統にはアルミ製シールド材やシールドパイプなどを使用することで電磁波の影響を抑えています。

TA-N9ではA級動作とB級動作の切替が可能です。
A級動作時は本質的にスイッチング歪が生じないため、より美しい音質と低歪が可能です。また、アンプゲインを等しくしたA級/B級切替方式となっているため、聞きながらでもA級とB級の音色の違いを楽しめます。

電源部にはパルスロック電源(Pulse Locked Power Supply)を採用しています。
パルスロック電源の動作原理は、まずAC100Vをダイレクト整流し、この直流を20kHzのパルスの変換して高周波トランスで変圧し、再び整流してアンプの電源電圧を得るという構造となっています。さらに、アンプ部の出力信号の変化にともなう電圧変動を抑えるため、その変動をパルス幅に変換し制御するチョッパー方式を用いた定電圧回路を挿入しています。
この方式では整流しただけでほぼ直流状態となるため、ハムなどの電源に起因するノイズによって信号系が干渉されることがありません。また、基本的にトランスの容量が同じであれば低い周波数より高い周波数の方が伝送効率が良くなりますが、パルスロック電源では20kHzという高い周波数に設定するとともに、高周波損失の少ないフェライトコアを使用したことで、従来の大型トロイダルトランスを用いた電源よりも高い効率を実現しています。
さらに、パルス幅制御回路によって常に一定電圧になるように制御しているため、0～450Wの定格出力まで電圧変動が殆どありません。これは電源電圧の変動によるアンプステージのリジェクションを抑えるとともに、ハイパワー時でもサチュレーションが極めて少なくなっています。
パルスロック電源はAC入力電源をダイレクトに整流する方式をとっているため電源周波数を限定しません。また、DC入力(DC110V～140V)でも動作します。さらに、極めて定電圧特性なため90V～130VまでAC電源が変動しても影響がありません。
TA-N9ではパルスロック電源を大容量化して採用するとともに、プラスとマイナスの2系統それぞれにパルス幅定電圧回路を挿入した2電源定電圧方式となっており、中点電圧の変動を抑えています。さらに高い周波数でのインピーダンス上昇を抑えるため4端子コンデンサーを採用しており、DC領域からオーディオ帯域まで低出力インピーダンス特性を獲得しています。

TA-N9に採用されたパルスロック電源は電磁波がアンプ回路に影響を与えないよう厳重な電磁シールドが施された密閉構造となっています。この電源部は発振用8個とレギュレーター用8個のトランジスタは多量に熱を発します。これに対応するためヒートパイプに取り付けた構造を採用しています。
また、高周波ロスの少ないフェライトコアを用いた円筒形の高周波トランスでパルス発振と電磁変換を行うことで効率を高めています。このトランスの巻線もインピーダンスを下げるために銅をベルト状にした素材を使用しています。

高い信頼性を実現するためDCモーターによる強制空冷方式を採用しています。
このモーターには機械的・電気的ノイズの極めて少ないリニアBSL(スロットレス)モーターを採用しており、モーター自身の発熱や回転ノイズを少なく抑え、信頼性を向上させています。

保護回路として温度検出、DC検出、インピーダンス検出を併用した回路を採用しています。

LEDによる6ポイントピークパワーインジケーターを搭載しています。
このインジケーターは出力レベルの連続的な監視という目的ではなく、パワーアンプのクリップ確認やスピーカーへの供給パワー確認用として装備しています。
また、ピークパワーは正確さが要求されるため、アタックタイムを30μsecと応答特性を良くしています。一般にピークレベルの1/10が平均レベルといわれており、例えば8Ωのスピーカーでインジケーターの500Wのポイントが時々点灯した時は大体50Wのパワーがスピーカーに入っていることになります。

抵抗とロータリースイッチを組み合わせた2dBステップのレベルアッテネーターを搭載しています。
入力レベルの設定を容易にでき、しかもステップ式としたことでミスタッチした時にも不用意に動くのを防止しています。また、極めて誤差の少ない抵抗で構成することで音質劣化を低減しています。

スピーカー端子には接触抵抗や経年変化を考慮してネジ式の大型ターミナルを採用しています。この端子は太さ4mmのケーブルが使用できます。
入力ピンジャックには低接触抵抗で経年変化の少ない金メッキ端子を採用しています。

TA-N9は完全なDCアンプ構成となっているため、接続するプリアンプがDCリークを持っている場合には、パワーアンプのDC検出が動いたり、スピーカーの振動系が変移したりします。これに対処するためC-Coupled端子を搭載しており、位相特性や音質の点から充分に吟味したコンデンサーによって1.5Hz以下を-6dB/octでカットします。

基板には電気的特性や機械的特性に優れているガラスエポキシ製基板を採用しています。
また、パターンの銅箔も音質を重視して175μ厚としています。

機種の定格

型式	モノラルパワーアンプ
回路方式	アンプ部:全段直結ピュアコンプリメンタリーSEPP DCアンプ 電源部:パルスロック電源
実効出力(20Hz～20kHz)	A級動作時:80W(8Ω、歪率0.005%) B級動作時:450W(8Ω、歪率0.007%)
最大実効出力 (20Hz～20kHz、歪率0.03%)	A級動作時:100W(8Ω) B級動作時:500W
高調波歪率	0.007%以下(実効出力時)
混変調歪率(60Hz:7kHz＝4:1)	0.007%以下(実効出力時)
ダンピングファクター	300(1kHz、8Ω)
残留雑音	22μV以下(8Ω、Aネットワーク)
SN比(クローズドサーキット、 Aネットワーク、8Ω)	A級動作時:120dB以上 B級動作時:128dB以上
周波数特性	DC～300kHz +0 -1dB(Direct時)
入力感度/インピーダンス	A級動作時:1.1V/50kΩ B級動作時:2.5V/50kΩ
スピーカーインピーダンス	A級動作時:8Ω～16Ω B級動作時:4Ω～16Ω
使用半導体	トランジスタ:72個 MOS FET:10個 FET:1個 IC:7個 ダイオード:55個
電源電圧	AC100V、50Hz/60Hz
消費電力	450W
外形寸法	幅480x高さ185x奥行500mm
重量	18kg
付属	電源コード